
日本紙工の歴史
創業者 中口亀治郎は包装産業の将来性に着眼し、
創業地・大阪市住吉区墨江7丁目にて紙器製造を創める。
工場新設(大阪市住吉区墨江西8丁目) / 機械設備 大阪丸松製作所製
製品の販路は北陸・山陰地域まで進出。
工場拡張や設備投資を計り、企業形態が進む。
フード型印刷機から輪転印刷機設置。
工場2階建てを2棟増築。
段操機械(ガス加熱式1240巾)導入 大和製作所作成
段ボールシート製造を始め、段ボールメーカーとして一貫体制に入る
製品倉庫棟新設・寮設備完成
火災事故発生。工場及び事務所・寮が全焼。
人命被害なし、但し近隣に被害及ぶ。
製造は同業者(大永紙工(株))の工場を夜間借用し
お客様への供給を果たす。
1月より再建した泉州工場にて段ボールの本格生産を再開する
社名が現在の「日本紙工株式会社」になる
ラック式3段積みとなる原紙倉庫が完成する。
コルゲートマシンBF設置 内田製作所
Wシート生産開始(毛布発送用)
大型スロッタープリンター設置
段ボールや板紙の接合部を自動・半自動で折りたたみ
貼り合わせる。セミオートグルアを設置。
ようやく苦境を脱出し、第三期拡張計画に入る。
隣接新工場2階建1棟ににも荷物エレベーターや出荷プラットフォームを設置。
正門及び別棟事務所2階建等、設計事務所と打ち合わせ開始。
商工会議所より地元を代表して取得の依頼を受ける
創業から25周年を記念して式典を執り行う。
7月4日 創業者であり会長の中口亀治郎 永眠。7月5日に社葬を行う。
大阪府品質管理優良企業へのステップとして、品質管理推進工場の指定を受ける。
府域の中小企業の品質管理意識の高揚を図り、企業経営の合理化に資するため、
優れた品質管理活動を実施している企業を表彰する「大阪府品質管理優良企業」を受賞。
FJX3号機設置 新幸機械製
各種印刷機スタッカーを設置
FXG2号機(2代目)設置 新幸機械製
岸上一男社長が西日本段ボール工業組合の副理事となる。
社長であった岸上一男が会長就任
創業者の息子 中口信一郎 社長就任
社長 中口信一郎・会長 岸上一男 が新しく就任
工場にダイカッターを導入 丸松製
富山倉庫を開設(富山小林製薬様用)
富山市八日流通団地内
創業から35周年を記念して式典を執り行う。
FXG1号機を設置
日本紙工をさらに強い企業とするべく、多くの挑戦を実施。
・岸和田コンビナートへ移動
・臨海工場建設着手
・FXD4号機設置 新幸機械製
段ボール製造の核となる、波状の「中しん原紙(フルート)」と平らな「ライナー」を接着し、片面段ボールを高速で製造する装置である「コルゲートシングルフェーサー」のA・B段入替
美粧ケースの製造開始に伴い、
E・B段操機シングルカッター・ボイラー・合紙機変形グルアーを設置。
臨海工場開設記念式典を船上パーティーで開催。
日立製の自動打抜機を設置
創業40周年を記念した式典を執り行う。
富士通オフコンK650導入
JFXにNC装置導入
梅谷製のオートスリッターを導入
創業から50年を迎え、記念式典を執り行う。
10月9日 会長 岸上一男 永眠。10月12日に社葬を行う。
中期三ヵ年経営計画をスタートする。
三菱重工製のコルゲートマシンに入替
社外役員を迎え入れ社内改革に取り組む。
社長に岸上啓一が就任。
前社長の中口信一郎が会長に。
新中期三ヶ年経営計画NPをスタートする。
創業55周年を記念して式典を執り行う。
FG-2新機種プラムμ導入稼働 梅谷製作所製
キャド新機種導入稼働
コルゲータースリッター・管理装置更新
57E→57H3 Σ5M→Σ2000
環境負荷を減らし、環境パフォーマンスを向上させる
国際的な環境マネジメントシステム(EMS)規格のISO14001を取得。
第四次中期経営計画をスタート。
創業60周年を記念して式典が執り行われる。
工場にトムソン1600が新設。
創業65周年を迎える。
本社工場の屋上にソーラーパネルを設置して100kw発電を開始。
新社長に中口康が就任。
前社長の岸上啓一が就任。
前会長の中口信一郎が相談役に就任。














